ロワール川河畔に位置し大西洋への玄関口であるフランス西部の町ナント。ナント大聖堂を始め、美しい歴史的街区を有するこの町に、当時22歳のヴァンサン・ゲルレ氏が自身のブティック「ヴァンサン・ゲルレ(Vincent Guerlais)」をオープンしたのは1977年のことでした。
2007年よりルレ・デセールの一員であり、現在はその会長職を務めるなど、フランスパティスリー界の重鎮とも言えるヴァンサン・ゲルレ氏。2020年10月にはJR名古屋タカシマヤ店内に常設店をオープンし、開店以来、ナント銘菓のビスキュイやガトーナンテなど焼き菓子を主体に、根強い人気が今なお続いています。
そんなゲルレ氏がバレンタインシーズンに作ったチョコレート。今回はちょっと面白いアプローチのアソートを購入してみました。
テロワール

真っ白な箱にヴァンサン・ゲルレの「G」をモチーフにしたロゴ。シンプルなボックスに良く映えます。テロワール、という名の如く、3つの産地別カカオのガナッシュとフレーバーを追加したボンボンショコラという、カカオと作り手のクリエイションを同時に楽しめるひと箱。
ヴァンサン・ゲルレのチョコレートと言えば、キャラメルやビスキュイのイメージが強く、産地別カカオという、ビントゥーバ―スタイルのショコラトリーに近いアプローチはとても意外でした。カカオ産地とそこから生まれたボンボンを、順に比較しながら頂いてみます。

写真の上段3つが産地別カカオのガナッシュ。下段が同じクーベルチュールを使った、フレーバー系のガナッシュとプラリネになります。
マラカイボ(ベネズエラ)
酸味はかなり抑えられており、バニラやはちみつのような甘味がありとてもナッティです。やわらかく伸びやかなガナッシュ。
パッションフルーツ
瑞々しく、弾けるようなパッションフルーツの酸味が素晴らしい!甘さが鮮やかな酸を引き立て、もぎたて果実のおいしさを感じます。
ニカラグア
蜜漬けの杏子、あるいはみかんの様な甘い柑橘系の酸味が印象的。とろりと丸いクリーミーなテクスチャでうっとり。
ピスターシュ
サクサクカリカリと粒を感じる、ピスタチオが上品に香るプラリネ。芳ばしいナッツの味わいがほんのりと甘いチョコに乗っています。
キト(ニカラグア)
ややスモーキー。ふわりと胡椒が香るしっとりとした余韻。フローラルかつナッティ。ラベンダーやアーモンドを感じました。
レモン バーベナ
清涼感のあるレモンバーベナが包み込む。胡椒のようなスパイシー感はニカラグア産カカオのなせる業でしょうか。ああ、こうなるのか!と膝を打った一粒。
まとめ

産地別カカオのボンボンショコラですが、いずれもマイルドな味わいでカカオの主張は控えめ。ガナッシュとしての美しさはあるものの、パワフルで個性のはっきりした産地別ボンボンに親しんでいる私には正直、やや物足りなさも感じました。ところが、ここにパッションフルーツ、ピスターシュ、レモンバーベナが加わった途端、がらりと表情が一変します。
マラカイボに感じた甘みがパッションフルーツの鮮やかな酸を引き立て、ピスタチオのプラリネをほっこりとするニカラグアの甘みが包む。爽快感あふれるレモンバーベナではキトのガナッシュに感じた胡椒の香りが豊かな奥行きを生み出すなど、それそれのクーベルチュールが持つ特性が各素材と見事に調和し、いずれも目を見張るおいしさ。ショコラティエとしてのセンスとはかようなものであるかと唸りました。
ショコラティエは魔法使い。そんな言葉を思い出す、ヴァンサン・ゲルレのテロワール。カカオの個性そのものではなく、それを使うことでどういう世界が開けるのか。そんな探求心の強い方にぜひ味わって頂きたいマニアックで完成度の高い素晴らしいショコラでした。